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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(オ)1078号 判決

上告人(原告)

上野啓一

被上告人(被告)

新協運送株式会社

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉田隆行の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断に、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤島昭 牧圭次 島谷六郎 香川保一 奥野久之)

上告理由

原判決は民事訴訟法第一二七条の定める釈明権・求問権行使義務に違反し、且所謂立証責任の分配の法理に反し破棄差戻されるべきである。

一 原判決は次のとおり事実認定をした。

「原告上野栄二を除く原告らは、本件事故当日以降、京都市山科区内の町塚病院において診断及び治療を受けたのであるが、同病院における傷病名及び入通院状況は、各関係原告主張のとおりであることが認められ、この認定に反する証拠はなく、同原告らがいずれも自賠法施行令別表の後遺障害等級一四級と認定されたことは、当事者間に争がない。

右認定事実によれば、同原告らは、本件事故により心身にかなり深刻な影響を受けたように受取られるものの、それを裏付けるに相当な本件事故に起因すると解すべき他覚的所見を認めうる証拠がない。のみならず、さきに認定したように被告車は、時速約五キロメートル程度で追突しているところ、その程度の追突では一般的に被追突車の乗員に影響がないと解されているなどに鑑みると、右の原告らに対する町塚病院の各診療措置及び前記後遺障害の認定は、特段の立証なき限り同原告らの愁訴に依拠した結果にほかならないと解するのが相当であるところ、これを異別に解すべき特段の事情の立証はない。

そうだとすれば、原告上野栄二を除く原告らの各受傷の主張事実に副う前掲各証拠はいずれも採用するに足らず、他に同原告らの各受傷の事実を認めるに足る証拠はない。」

二 「わが国の自動車事故のうち約半数近くがむち打症とされており、むち打症に関連して支払われる保険料も甚大な額に達しているため、むち打症の診断治療基準、損害算定などをどのようにすべきかが、目下の重要検討テーマといわれている(赤松「自動車保険医療費支払上の問題点―むち打症対策を含む―」賠償医学二・一九以下参照)。この点に関する裁判例も多様であり、事故時の衝撃が極めて軽微であることや被害者に既往症があること、あるいは他覚的所見がないのに医者が安易に愁訴に応じて診断書を作成することも稀ではないことなどを理由に、むち打症受傷の事実自体ないし事故との因果関係を否定するものがあるが(大阪地判昭五九・四・二四判タ五三〇・二三三、京都地判昭五九・五・三一本誌一一二四・二〇六など)被害者の心因的要素を考慮して損害額を一定の範囲に限定しようとするのが支配的であるようにみられる(大阪地判昭四六・九・三判タ二七一・三五五など。裁判例については、保険毎日新聞社・むち打症の査定読本八〇以下参照)。

右は敢て本判決についての判例批評(判例時報一一七六号一二三頁以下)を引用したものである。

かかる問題意識をもつて、本事案をとらえることに異論はない。問題はこれから明らかに一級を越えている原判決にある。

三 その一つは―既判力に反するとまではいえないが―これに類するとも断じられる。後遺症一四級該当の認定を―医師を介して―受けている事実につき自由心証の名の下に、この因果関係を否定することが許されないはずである。

もしもかかることがありうるとすれば、厳格な主張・立証の下に、特に専門家の認定の下に初めて可能であるはずである。

特に自動車損害賠償補償法の法体系はくずれさるしかない。

かく原判決は、民事訴訟法の定める釈明・求問権の行使義務に反し、立証責任分配の法理に反しているものであり、原判決の結論を仮にも導くのであれば、破棄差戻した上、改めて証拠調がなさるべきである。

以上

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